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企業保険・リスクマネジメント「あの後どうなった?」台風災害編

過去に大々的に報じられた事故であったとしても、その後どう終結したかを知るのは案外難しいものです。

しかしそこに私たちは法人のお客様が抱えるリスクについての学びがあると考えます。

ある日突然、一瞬の内に法人の運営が困難に陥るような大きな災難に遭遇し、社長が加害者となってしまった時、どのような備えを持てば事業の継続が可能なのでしょうか。

保険を活用する事で、企業のリスクマネジメントをより強固なものにして頂く為、過去の事例を元に検証し、少しでも経営者の皆様のお役に立てればと思います。

はじめに

法人の代表者様向けに、過去の事例を検証し事業存続への備えを情報提供する(予定の)、
企業保険リスクマネジメント「あの後どうなった?」シリーズ。

第一弾は2019年9月に発生した令和元年房総半島台風によって
千葉県のゴルフ練習場のネット設備が倒壊した事故を検証したいと思います。

今回登場する保険
ゴルフ練習場 施設賠償責任保険・火災保険
被害住民   火災保険
撤去業者   施設賠償責任保険・生産物賠償責任保険

※文章内の情報については当時の報道等を基に精査し記述しますが、万一誤り等がございましたら、弊社お問い合わせフォームよりご連絡くださいませ。
※本コンテンツについては実際にあった事故・事件を取り上げます。当事者の権利保護には十分に配慮致しますが、お気づきの点等ございましたら、弊社お問い合わせフォームよりご連絡くださいませ。

事故の概要

「令和元年房総半島台風(れいわがんねんぼうそうはんとうたいふう、令和元年台風第15号)は、2019年(令和元年)9月5日に発生した台風。
関東地方に上陸したものとしては観測史上最強クラスの勢力で9月9日に上陸し、千葉県を中心に甚大な被害を出した。
この台風により、首都圏やその周辺などの台風災害に対する脆弱性が改めて浮き彫りとなった。
日本政府はこの台風による被害について、同年8月の大雨とともに同一の激甚災害に指定した。」

引用元:ウィキペディア 令和元年房総半島台風

この台風によって発生したのが、今回検証する「市原ゴルフガーデン鉄塔倒壊事故」である。

2019年9月9日未明、千葉県市原市五井の「市原ゴルフガーデン」のネットを支える鉄製の支柱13本が暴風で110mに渡って倒壊。
住宅21軒が被災し、鉄塔が直撃した住宅に住む20代の住民女性が重傷、また別の住宅でも生後3か月の乳児が負傷した。

リンク:NASA WORLDVIEW 2019.09.07 日本上空の画像

事故の経過

「2019年9月9日 事故発生

2019年9月11日(事故2日後)住民説明会が開かれ、当初「市原ゴルフガーデン」のオーナーは、修繕費やレンタカー代等の全てを補償するとの意向を示していた。

2019年9月12日(事故3日後)市原市は建築基準法に基づき、ゴルフ練習場運営会社に対し、鉄柱の建築確認当時の状況・施工・管理についての報告を求めた。
また、国土交通省と市原市は9月10日に現地調査を実施、コンクリートの基礎部分を固定するボルトの複数箇所破断等を確認した。
現地調査の結果次第では、オーナー側の設備管理責任が問われる可能性があるとされた。

2019年9月13日(事故4日後)、ゴルフ練習場側の弁護士が被災者住民の一部に対し「鉄柱の撤去はするが、自然災害なのでそれ以外の補償はしない。各自が火災保険で対応してもらうことになる」と通告した(火災保険での補償は各戸の契約によって範囲が変わる)。

2019年9月19日、ゴルフ練習場側の弁護士の「火災保険で足りなかった分は補償する」との意向を不明瞭に感じた住民に対し、当該弁護士は「もし裁判に負けたら損することになりますが、大丈夫ですか?」と発言、住民との対立が深まった。」

引用元:市原ゴルフガーデン鉄柱倒壊事故 – Wikipedia 事故発生と事故後の対応 より一部抜粋

リンク:2019年台風15号 市原ゴルフガーデン – X-day

損害賠償義務と民法第717条

前項で記した事故の経過の中で、報道が過熱する原因となったのはゴルフ練習場オーナー側の賠償についての発言が一転した事です。

当初「修繕費やレンタカー代等の全てを補償する」としておきながら、後日ゴルフ練習場の代理人弁護士から「鉄柱の撤去はするが、自然災害なのでそれ以外の補償はしない。各自が火災保険で対応してもらうことになる」とした事で、被害住民の悪感情が爆発してしまいました。

何故この様な事が起こったのでしょうか?

推察するに、当初ゴルフ練習場のオーナーは「加入している賠償責任保険で支払いが可能だ」と考えたのではないでしょうか。

「施設賠償責任保険」に加入していれば「施設の所有・使用・または管理」に起因する事故は賠償が可能ですので、これを賠償の原資としようとしたと思われます。

では、この賠償責任保険とはなんなのでしょうか。厚生労働省のウェブサイトでは以下の通り定義されています。

「1. 賠償責任保険
 被保険者(保険の補償を受けられる者)が第三者(被害者)に対して、法律上の損害賠償責任(※)を負担することによって被る損害を補償する保険である。
(※)「法律上の損害賠償責任」には次の種類があり、賠償責任保険が対象とするのは、1のうちの過失による賠償、および2。
 
 1. 不法行為に基づく責任(民法709条等)
 2. 債務不履行に基づく責任(民法415条等)

 ◎ 賠償責任保険の保険金の特徴:
 被保険者(加害者)が第三者(被害者)に支払う損害賠償金の実費相当額を、保険金として支払う。
【保険金の支払対象費目: 治療費、休業損害額、死亡の場合の逸失利益・葬祭費等】」

引用元:厚生労働省:損害保険の種類について

では、この「法律上の賠償責任」が建物に認められるのはどのようなケースでしょうか。
民法717条では次のように定義されています。

「(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。」

引用元:民法 | e-Gov法令検索

この法律では土地の工作物、要は建物などの設置又は保存に瑕疵があった場合に賠償責任を負うとしています。
瑕疵とは通常備えているべき性質や設備を欠いている事を指します。すなわち、安全性に問題がある状態です。
ですから「外壁のタイルが老朽化により落下し通行人にケガをさせた」「店舗の床が油で滑りやすい状態で、来店客が足を滑らせ転倒し骨折した」というような場合は、施設の所有者や管理者に対し、法律上の賠償責任が発生すると言えるでしょう。

ゴルフ練習場の代理人弁護士は今回の事故原因について「千葉県での観測史上最大の台風」という未曽有の自然災害、人智の及ばない強大なパワーで引き起こされた不可抗力で、瑕疵があったとは言えず、法律上の損害賠償責任は発生しないと考えたのではないでしょうか。

賠償責任の発生要件

このような状況下で瑕疵があったと判断される可能性がある要因は、おそらく以下の2点と思われます。

①ネットを降ろしていない

今回の事故原因である側面のネットは固定式であり、降ろす事が出来ず、台風に備えて天井面のネットのみ降ろしていたそうです。
一説によると、ネットが張られたままの支柱は、ネットを降ろした場合と比較して約2.9倍もの倒壊リスクがあるとの事。
固定式のネットを降ろすには莫大な費用と時間がかかりますので現実的ではありませんが、設備管理責任の不備を問われる可能性があります。

②鉄製支柱のメンテナンス

前項での瑕疵の要件「通常備えている性質」とは今回のケースでは鉄製の支柱に必要十分な強度があったかどうかを指します。
ゴルフ練習場が開業した1973年頃に建てられた鉄製の支柱が約45年間同じ強度を保てるはずがありませんから、適切にメンテナンスが行われていたか調査する必要があります。
事故直後の現地調査ではコンクリートの基礎部分を固定するボルトの複数箇所破断等を確認したとありますが、それが台風に起因するのか、経年劣化による腐食等で既に十分な強度を有していなかったのかが争点となります。

余談ですが、千葉県では2014年にも台風で鎌ケ谷市南鎌ケ谷のゴルフ練習場「鎌ケ谷ミナトゴルフセンター」の鉄柱が倒壊しています。
この事故では、2009年に匿名で市に対し「鉄骨が劣化している」と通報があり、県が建築基準法に基づく口頭指導を行っていました。
このような例では建物所有者の設備管理責任不備による賠償責任が発生する可能性があります。

9月13日に弁護士が「自然災害につきゴルフ練習場に賠償義務はない」と発言しましたが、この時には瑕疵が無かったと言えるだけの根拠が弁護士には無かったのではないでしょうか。
少なくともこれまでの報道を確認するに、そういった根拠や代理人弁護士の主張は見当たりません。
ですから、この弁護士による初動対応はかなり乱暴であったと言わざるをえないように思います。

この弁護士の対応については「弁護権の濫用による新たな権利侵害」と東京大学法学士の方のブログで厳しく糾弾されています。

とはいえ、これらの瑕疵が認められたとしてもゴルフ練習場の運営会社が倒産すれば、被害者が賠償を受けられずに泣き寝入りとなる可能性があります。
ゴルフ練習場側が施設賠償責任保険に加入していれば、被害住人に賠償金を補償する事が可能ですが、担保されている保険金額が賠償認定額を下回れば、結局被害者側が貯蓄を切り崩す事は避けられません。

リンク:千葉のゴルフ練習場、鉄塔倒壊について|NetIB-News

リンク:20191216130737「ゴルフ練習場の鉄柱等の強風に対する安全対策について(国土交通省・経済産業省通達文書).pdf

リンク:千葉県、5年前指導も倒壊 鎌ケ谷のゴルフ練習場鉄柱 | 千葉日報オンライン

被害者を取り巻く状況

ここまではゴルフ練習場視点での検証を行って参りましたが、この章では被害に遭われた方達の目線でこの事故を検証します。

まず、補償についてですが、このケースであれば被災住宅の復旧には火災保険を使用する事が可能であったと思われます。
しかし、あくまで火災保険で補償対象になるのは一般的に「建物と収容されている家財道具」となりので、建て替えの際の仮住まいの費用等が担保されていない保険に加入していると、諸々の生活費は自己負担となります。

その他にも鉄製の支柱の下敷きになった自動車、これは自動車保険の車両補償を付保していなければ、新しいお車の調達費用も自己負担です。

更には、火災保険に加入していたとしても、必要な補償が受けられないケースもございます。

①火災保険が適切に付保されていなかった。

古いタイプの火災保険の場合、建物の価値を時価額としているケースがあります。
この場合、減価償却をした後の価値で補償されてしまう為、同じお家を建てられない可能性があります。
また、保険金額を適切に設定していない場合等に於いても、受け取る事の出来る保険金が修理代金に満たない可能性があります。

②共済での契約であった。

任意の損害保険では火災以外の自然災害に対しても手広く補償されているケースがほとんどです。
対して、共済の場合、火災以外の自然災害の保険金(最高限度額)は、火災の補償の20%程度など低めに設定されている事もございます。

その他の要因も挙げ出すとキリがありませんが、仮に上記の要因に一つでも合致すれば、貯蓄を切り崩すしかない状況であった事は間違いありません。
したがって、満足に補償を得られない場合には、やはりゴルフ練習場側の賠償責任を追及する他に道は無かったのではないでしょうか。

鉄柱撤去へ

弁護士の初動によって引き起こされた「被害住民VSゴルフ練習場」という対立構造。
全国的に報道された事もあり、ゴルフ練習場オーナーへのネットでのバッシングは苛烈を極め、
鉄製の支柱の撤去作業にも影響を及ぼす事となります。

徐々に自宅に食い込み被害を広げる鉄柱をなんとかしたいと手を挙げたのは、2014年に国立霞ヶ丘陸上競技場等とりこわし工事を受注した実績のある東京都江戸川区の大手解体工事業者、株式会社フジムラでした。

株式会社フジムラは、2009年には江戸川区と防災協定「災害時における重機機材及びオペレーターの供給に関する協定」を締結しており、災害時にはすぐに出動できる体制を普段から整えていた為、事故翌日に報道を見た代表取締役会長の藤村一人さんは即座に無償での鉄柱撤去支援を申し出られました。

しかし、市の担当者間の伝達が行われておらず、ゴルフ練習場への連絡が14日になった事もあって、周辺住民への説明会は9月26日に。
ゴルフ練習場オーナー・代理人弁護士が不在の中行われた説明会では、撤去時の二次被害やゴルフ練習場側の今後の補償が不透明な状況での撤去を心配する声があり、即座に同意を得られなかったが、10月10日の第二回説明会にて27世帯中25世帯が同意し、10月15日から準備工事が行われる事となりました。

リンク:株式会社フジムラ

リンク:フジムラ 令和元年房総半島台風によるゴルフ練習場鉄柱倒壊の無償撤去 – Wikipedia

リンク:市原ゴルフ場鉄柱 無償撤去で市長表彰 藤村社長「自信ついた」 | 千葉日報オンライン

和解へ

希望の兆しが見えたかに思われましたが、被害住民に更なるダメージが訪れます。
10月12日に台風19号が上陸した事で、穴の開いた屋根から豪雨が流れ込み、残された家財が使用できなくなる他、屋内にはカビが繁殖する「二次被害」が発生しました。最初の台風から1ヶ月あまりの出来事でした。

10月15日に準備工事、10月28日から始まった本工事は12月14日終了を予定していましたが、鉄柱を分割して撤去する方法から、鉄柱をそのまま持ち上げ撤去する方針に変更したのが幸いして、当初の予定より一ヶ月以上早い11月13日に二次被害もなく鉄柱は撤去されました。

「10月下旬、ゴルフ練習場オーナーは当初の代理人弁護士を解任、2016年の熊本地震での補償対応の経験もある秋野卓生弁護士を代理人とした。
秋野弁護士は、災害ADR(裁判外紛争解決手続)利用を提案した。

同年11月8日に開催された被災者住民説明会では、ゴルフ練習場側は補償に応じる意向を表明した。千葉県弁護士会紛争解決支援センターが運用開始した災害ADR(千葉県弁護士会では房総半島台風、東日本台風、10.25豪雨による災害トラブルでの弁護士手数料を減免)を活用しての解決に向け、ゴルフ練習場側オーナーが弁護士を通じて同センターに申し立てた。オーナー側弁護士は「自然災害ということはいったん棚に上げて、補償の話をしましょう」「災害ADRで補償請求できます」「年内にも決着をつけたい」と発言、補償を迅速に進めたい意向を伝えた。

同年11月24日、ゴルフ場オーナーと秋野代理人は千葉市中央区のホテルで記者会見を開き、ゴルフ練習場の土地を売却して住民への補償費に充てる方針を明らかにした。オーナーは「収入もなくなるが、(土地売却が)一番責任を取る方法」と話し、秋野代理人は住民の多くから「練習場が今後も残ると鉄柱倒壊の不安がある」との声があったことを話した。ゴルフ練習場側は当初、事業譲渡による資金捻出を検討したが、更地にした上での土地売却を決め、株式会社フジムラに練習場解体を依頼して有償での工事を前提に早期着工の約束を取り付けた。更地にした後に買い手を募り、価格の見通しが立った段階で補償可能額を住民に提示予定とする方針を示した。」

引用元:市原ゴルフガーデン鉄柱倒壊事故 – Wikipedia

12月22日に行われた第3回ADR説明会で、練習場が金融機関等に、少なくとも約1億5000万円の借金がある事、練習場を更地にするための解体費用などに1億円以上がかかる事が発表され、ADRの弁護士から「土地が売れたら、債務支払いが優先的に行われる」と伝えられた。

引用元:「鉄柱」倒壊被害、補償問題メド立たず不安な年越し – 社会 : 日刊スポーツ から再構築

更地になったゴルフ練習場の土地の境界線が不明瞭で、売却が難航するトラブルもあったが、2020年12月27日、オーナー側弁護士は損壊した住宅などの補償について、全ての住民と和解に合意したと発表し、災害ADRは終了した。

最後に

今回のケースで最も悲しい失敗は「ゴルフ練習場オーナーと初代弁護士の初動対応」と言えるのではないでしょうか。

当初、ゴルフ練習場オーナーは全額賠償という「社会的責任」を追及し、弁護士は民法717条に基づいた「法的責任」を追及しました。

「もちろんできる限りのことをしたかった。だけど、やり方が分からないから弁護士に任せた」
オーナーは迅速な賠償を求められる中で、対応に窮し弁護士に対応を丸投げしてしまったのではないでしょうか。

鉄柱の倒壊原因を精査した上で「賠償責任が無い」となれば、ゴルフ練習場オーナーも被害者と言えます。
しかし、その瑕疵が有耶無耶なまま、弁護士が「天災なので非が無い」としてしまった事で被害住民はゴルフ練習場オーナーを「悪」としてしまいました。

本当は、元からゴルフ練習場オーナーの姿勢は被害住民に寄り添っていたはずなのに。

当初の発言通り、ゴルフ練習場オーナーは賠償を行いましたが、それはゴルフ練習場を更地にし、売却したお金が原資です。
これはオーナーの「道義的責任」がそうさせたのだと思いますが、結果事業継続は叶いませんでした。

もしも、ゴルフ練習場オーナーがしっかりとした火災保険に加入していたら、ゴルフ場の再建・鉄柱の撤去費用も保険で賄えたかもしれません。
保険金額をしっかりと担保した施設賠償責任保険に入っていれば、土地を売却する事無くとも十分な賠償を行えたかもしれません。
(法律上の賠償責任が認められた場合に限ります。また被害住民への補償については、内容によってその一部が保険の対象外となる可能性があります。)
そして、初代弁護士との対応方針のすり合わせがしっかりと取れる時間があれば、ゴルフ練習場オーナーも被害住民の方々も心労が少なく済んだのではないでしょうか。

この記事をご高覧頂きました皆様におかれましては、現在加入中の火災保険・賠償責任保険の契約内容はしっかりとご確認を頂いて、
今回の事故を対岸の火事と思われる事の無いよう、備えをして頂ければと思います。

本文中で引用した報道記事や、ブログ等を下記リンクに纏めております。もしよろしければ、ご覧ください。

リンク:市原ゴルフガーデン・報道一覧