【コラム】サッカーの怪我で賠償責任?
目次
●はじめに
サッカーワールドカップカタール大会、日本代表の皆様ほんとうにお疲れ様でした!
「ドーハの悲劇」から29年、対ドイツ、スペイン戦の逆転勝利に日本中が歓喜の声に包まれました。
残念ながらベスト8にはあと一歩の所で届きませんでしたが、並み居る強豪を抑えグループ首位で一次リーグ突破の快挙は日本が世界と対等に戦える事を見事に証明してみせてくれました。
そんな熱冷めやらぬ中ではありますが、今回はサッカーでの事故事例をご紹介しようと思います。
●事故の詳細
遡る事10年前の2012年6月、千葉市で行われた東京都社会人4部リーグの試合で事故は起きました。
被害男性がセンターライン付近でボールを右太ももでトラップし、手前に落としたボールを左足で蹴ろうとしたところ、走り込んできた相手選手が左足を上げ、シューズの裏側で男性の左足のすね付近を蹴ってしまった。というもの。
審判はファウルとしなかったものの、被害男性が倒れ込み、試合は一時中断。
男性は左足のすねを骨折し、約1か月間程の入院。
2015年5月に相手選手とチームの代表者を相手取り、「スパイクの裏側で故意に蹴られた」などとして、相手選手らに計約690万円の支払いを求めて提訴した。
●スポーツでの怪我に賠償義務って発生するの?
スポーツ中のプレーが原因で他人に怪我を負わせてしまった場合、原則、損害賠償責任を負う事はありません。
簡単に説明すると、プレー中の怪我は「お互い様」である。という事です。
例えば、喧嘩で相手を打ち負かした場合、相手が怪我をすれば不法行為責任を問われる可能性があります。
もちろん喧嘩は一人では出来ませんので、相手にも幾らか過失が発生するかもしれませんが、だからといって怪我をさせた事に対して正当性が認められる訳ではありません。
しかしながら、ボクシングだったらどうでしょうか。
目の上を切る、拳やあごの骨を折る、酷い場合は脳挫傷等といった生命を脅かす怪我をする事もあります。
ですが、これらの怪我を相手から受けても、また逆に相手に怪我をさせても、法律で罰せられる事はありませんよね?これらが許容されているのは、ひとえにボクシングが「どつきあい」のスポーツであるからで、お互いの身体を拳で殴る事を選手同士が互いに「そういうスポーツだ」と認識しあっているからに他なりません。
あくまでもスポーツマンシップに則り、ルールを守っている場合という前提の元で、選手たちは「スポーツと怪我は切っても切れない関係性」と認識し、そのリスクを許容してプレーしている。
したがって、原則プレー中の怪我で賠償義務は発生しないものとして考えられているのです。
●スポーツと法律
前項では「原則」賠償義務は発生しないと説明致しましたが、例外もあります。
それぞれのスポーツにそれぞれルールが定められてり、誰もが平等にスポーツを楽しむ為に必要な物です。
それを逸脱した悪質なラフプレーや、事故が予測できるにも関わらず、それを止める事を怠ったような過失が発生するケースでは民法の不法行為責任を問われる可能性があります。
民法709条(不法行為)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
では実際にどういった事例があるか見てみましょう。
ラフプレーでの事例
ラフプレーでの事例では、2018年5月6日の関西学院大学と日本大学のアメリカンフットボールの試合中に起きた、無防備な選手に背後から激しくタックルを行い負傷させた、通称「日本大学フェニックス反則タックル問題」があります。
実際にタックルを行った選手とそれを支持したとされるコーチ、監督の3名が不法行為責任を問われる事となりました。(後にいずれも不起訴処分 ※加害選手は傷害罪で書類送検されたが、被害選手との示談が済んでいる事等が考慮され、起訴猶予となり不起訴処分となった)
過失が認定された事例
過失を認定されたケースとしては、地域の親睦の為に開催された草野球大会で起こった、ホームベース上で捕球しようとした女性捕手に対し、男性選手がホームにスライディングし接触した事によって転倒し左膝後十字靱帯断裂の傷害を負った事故があります。
裁判では「アマチュアの親睦を深めるための大会に於いて、 参加者は負傷や事故を回避する義務がある。 また、被害選手は防具を身につけていない女性であり、男性と比較して体格や運動能力に格差がある事から、男性選手側は怪我を負わせる可能性がある事は予見できたはずだ。」として、男性選手の過失を認定しました。
●裁判の結果は?
裁判の結果、相手選手に対して、247万4761円の賠償を命じる判決を言い渡しました。
今回の裁判に於ける争点は、前述の不法行為責任が相手選手のプレーに認められるか否かとなります。
①故意(わざと、意図的に)に危険なプレーを行ったかどうか
②過失(不注意による失敗)があったかどうか
③違法性が阻却される(通常、違法とされる行為に対して、例外的に違法性を否定する根拠となる事情があった)かどうか
の3点が主な争点となります。③が分かりにくいのですが、一般的には正当防衛をイメージして頂くと良いと思います。
①の故意かどうかという点に対しては、「故意に原告の左足を狙って本件行為に及んだとまで断定することはできない。」としたものの、②の過失の有無については「勢いを維持しながら左足の裏側を突き出しており、男性の負傷を十分予見できた」と指摘し、③についても「(サッカー)競技規則12条に規定されている反則行為のうち、」「退場処分が科されるということも考えられる行為であったと評価できる。」「相手競技者と足が接触することによって、打撲や擦過傷などを負うことは通常あり得ても、骨折により入院手術を余儀なくされるような傷害を負うことは、常識的に考えて、競技中に通常生じうる傷害結果とは到底認められないものである。」「以上の諸事情を総合すると、被告bの本件行為は、社会的相当性の範囲を超える行為であって、違法性は阻却されない。」とした。
「骨折する程の重症を負うリスクについて、被害選手は許容していない」「退場処分が科され得る行為だった」として過失責任を認定しました。
加害選手は即時控訴したそうですが、その後の結果は2022年12月現在、その後どうなったかについては調べる事が出来ませんでした。
●保険でカバーしましょう
今回のケースでは2種類の保険が活かせる可能性があります。
一つ目は個人賠償責任保険です。
こちらが相手に怪我を負わせてしまった場合にはこちらを用いて相手方に支払いを進めます。
代表的な項目は上記の通りです。
兵庫県では「自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」の中で自転車を運転する方の保険加入が義務付けられておりますが、その保険が「個人賠償責任保険」となります。
ざっくりと説明すると「個人で法律上の賠償責任を負った時」にお支払いが出来る保険ですので、集合住宅にお住いの方が階下へ水漏れ損害を発生させてしまった時なども、この保険で対処する事が可能です。
非常に範囲が広い補償ですので、皆様も知らず知らずの内に加入されておられるかもしれません。
二つ目は傷害保険です。
これは、こちらが怪我をさせられた場合に使用します。
一般的には「入院一日○○千円・通院一日○○千円」といった定額の補償の物が多く、
中には「怪我で○○日以上の入院をした場合○○万円」といった収入補償の機能を備えた物もあります。
相手方がいてもいなくても、お怪我をされて入通院をした場合には一定の補償が見込まれますので、
特に社会人のスポーツマンの方は加入をお勧め致します。
●最後に
一般的に広く「スポーツ中の怪我はお互い様」と認識されています。
日本サッカー協会の基本規則には、例外を除き、加盟する団体やチーム、選手に対して「サッカーに関連した紛争を通常の裁判所に提訴してはならない」と国際サッカー連盟に準じて定められています。
今回提訴した男性が所属する東京都社会人4部は、アマチュアリーグであるものの、協会への選手登録が必要である為、基本規則に反して賠償が認められたと影響は大きかったようです。
「サッカーは接触が当たり前。賠償を恐れれば、レベルが下がりかねない」
「自分が賠償する側になったらと思うと不安」といったものから
「相手にも生活があって家族もいるのだということを想像してプレーすべき」
「選手生命が断たれる程のケガなんて、あってはいけない」といったものまで様々です。
誰もが気持ちよくスポーツを楽しむ為には、怪我がないのが一番ですが、
怪我をさせてしまっても、怪我をしてしまっても、備えをもっておくに越した事はありません。
来年早々にはWBC、夏にはFIFA 女子ワールドカップなど、数々のスポーツイベントが世界中を楽しませてくれる事と思います。スポーツの興奮と熱狂を存分に楽しみつつ、スポーツを嗜まれる方はくれぐれも怪我だけでなく寝不足や飲みすぎにはご注意くださいませ。